富士山麓のとある谷に位置する、老舗の茶農家「葉山園」。幕末期、駿府国の侍・葉山源五郎が「国を豊かにするための作物をつくる」と、外貨獲得のために茶農家を買い取った、その代から数えて七代目となる。
その葉山園が、ある年、素晴らしい紅茶を生産し、国産紅茶に関する複数の賞を総なめにした。
茶を仕上げたのは、現当主を務める七代目の源渡の兄、六代目の源水である。
受賞茶を一般にお披露目した百貨店の催事で、源水と源渡の兄弟でブースに立ったところ、盛況で、客足が絶えず、源水、源渡とも接客に追われていた。
源水の作った茶、「碧葉」は、マスカテル、あるいは蜜香のような香りの出ている、国産では希少な茶葉だ。紅茶専門家たちから高い評価と賞を貰った碧葉を求めて、多くの客が訪れる。
加えて、本人たちに自覚はないものの、兄弟の整った顔立ち、清潔感のあるいでたち、そして若くして茶農家を継いだ志が葉山園のブースに華を添え、催事に訪れた紅茶好きの男女の目を惹いて、ひっきりなしに客が訪れていた。
夕暮れどき。朝から絶え間ない客の相手に疲れた源水は、体力お化けの弟・源渡に店番を任せて、試飲用の茶を淹れる係を引き受けていた。没頭し、しばらくまわりを見ないでいられるし、喧騒にまぎれて心も落ち着く。
「Excuse me」
懐かしい、声。葉山源水は、思わず顔をあげた。
「Sir...!?」
その顔、その微笑み、忘れるわけがない。源水がともに旅をした、その相手……
『フォスター!? な、なんで、どうやってここに!?』
『君と同じ方法で時を渡ったんだよ。君に、もう一度会うために……』
喜色満面といった様子の金髪の紳士に対し、源水は今にも泣き出しそうなくらいに驚いた顔をしていた。ただならぬ様子に、慌てて弟の源渡が声をかける。
「兄さん、その方は?」
「え!? あ、ええと……り、留学中に、お、お世話に? なった……? ひ、人……」
慌てて茶道具を置いて、空いた手で説明をしてさまよう、その源水の手を、フォスターはぎゅっと握り、己の胸の前に持ってきた。
『会いたかったよ。私の愛しい子』
そう言って、源水の手の甲に軽くキスをした。ぼん、と音がするくらい、青年の顔は真っ赤に染まる。その弟はすべてを察した、という顔で、快活に声をかけた。
「じゃ、このあと、食事でもどうですか? ほら、兄さん、出展の特典でもらったレストランフロアの割引券、まだ使ってなかったし」
誰がこんな奴と! ……と、叫びかけた源水だが、思いがけない再会に頭が回らない。やっとのことで頷き、源渡が翻訳アプリでフォスターにその旨を伝え、フォスターが「それでは私はこの日本の百貨店を満喫してくるよ!」と飛び出していった、それを茫然と見送ることしかできなかった。
近くにいた客や出展者のあいだで、「葉山園のイケメン兄弟に金髪イケオジの恋人が参戦」などとささやかれて終わった、催事のあと――。
気を取り直した源水は、源渡がレストランを選ぶあいだ、フォスターとベンチで並び、ことのあらましを聞いていた。
『そもそも……既婚者、だよな……? 家に帰らなくてよかったのか?』
『ああ、しばらく東洋で仕事をしてから国に帰ってみたら、妻に逃げられていてね! まあ、親や仕事の関係で、お互い幼いうちによくわからないまま結婚したし、私はプラントハンターの任務でほとんど海外にいて、家のことを任せきりにしていたから、そうなっても仕方ない。けれど、子供ふたりは立派に成長して、孫も生まれたからね、一区切りというわけだ』
『孫!? あ、ああ、そうか、15、6でみんな独立して結婚する時代だと……40歳前でも孫ができる計算か……』
その通り、とフォスターは微笑み、孫に名を与えてから、もう一度如翠寺を訪れ、時をわたったことを話した。
21世紀にたどり着いてしばらくは、如翠寺のタブレット端末で歴史や現代のことを学び、英国に問い合わせて残っていた失踪人記録からアクロバティックに戸籍を回復、パスポートをとって、身分証とし、さらにはスマートフォンも自在に使いこなして、ついに飛行機に乗って来日したと、彼は言う。
『そ、そんなうまい話が……いや。俺も人のこと言えないか……でも……』
『夢のようだな。私も現実感がない。けれど、今日のために、私は生きてきたんだ』
『そ! そういう言い方するな! こんな、こんなの……』
「兄さん、三人で席とれたよ! せっかくだから、洋食屋にした!」
明るい声に、2人は会話を止めて立ち上がる。フォスターが紳士のように手を貸そうとするのを、源水はむくれて振り払った。
現在のフォスターは、各地の茶や植物について、タブレット端末から配信をするYouTuberであり、その収益で旅費もまかなっている……と、これまた夢のようなことを話した、食事のあとの夜。
宿に帰り、夜更けになって、ホテルのツインルームでそれぞれのベッドに横たわる葉山兄弟は、暗がりでふと話しはじめた。
「兄さん。起きてる……?」
「ん……」
「俺、思ったんだけど。フォスターさん、うちの離れに滞在してもらうのはどうかな?」
「は!? なんであいつなんか……」
「声が裏返ってる」
「……うう」
「しばらく日本に腰を据えて、茶とか植物を紹介したいって言ってただろ? うちは田舎だけど、バスと電車を使えばすぐ新幹線で移動できるし、元々ひとに貸そうと思ってリフォームしたわけだし。それに、フォスターさんの仕事なら、配信や収録するにも静かだしさ。何より……兄さんと、すぐに会えるだろ」
「な、ば、ばか、俺は……俺はそういうっ……」
「好きなんだろ? わかるよ。兄さんはいつだって、自分を出さないで、気持ちを押し殺して、何かを追いかけてた。でも今は、ひとつ、碧葉っていう、答えにたどり着いた節目だし。そろそろ、自分の気持ちに……素直になってもいいときだと思うんだ……」
「源渡……」
「……眠くなってきた。考えておいて……」
ごそっと寝返りの音がして、源渡の寝息がしはじめたあと、源水は眠るまでずっと、再会したフォスターとの旅を思い出していた。
フォスターは、葉山家の離れをすぐに気に入った。
『伝統的な家屋! 茶畑がすぐそば! それに、シンカンセンへのアクセスも良い……最高だよ、ミナミ!』
『……俺たちは普段、母屋とか茶の工場にいるから。邪魔するなよ』
『素晴らしい環境に、君がすぐそばにいるなんて……本当に夢のようだよ』
『あ、あのな……昔みたいに、甘くしてやらないから。俺は本当の自分を生きる』
『そのかたわらに、私の居場所を作ってくれ。きっと幸福な一生にするから』
『もう……この人は……』
「ばーか」
『ミナミ? 今なんと?』
『なんでもありませんよ、フォスター様!』
『なぜそんな他人行儀になってしまうんだ! ミナミ、本当の君とこれから……ッ!?』
源水は背伸びをして、フォスターの頬にキスをした。そのまま腕の中、抱きしめられて、胸に顔を埋めていた。
[了]